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京都地方裁判所 昭和50年(ワ)188号 判決 1977年3月18日

主文

一、原告らの請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告らに対し金九三七万〇四二五円及び内金八五七万〇四二五円につき昭和五〇年三月一日から、内金八〇万円につき本判決言渡の翌日からいずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

被告ら

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  昭和(以下に於て略す)一四年京都府施行による天神川河川改修工事に伴ない、都市排水路として七条通りと八条通りを南北に流れる天神川沿いの溝渠(以下本件溝渠と称す)が設置された。当時は約八〇糎程の深さの土溝であつたがその後土が溜まり四七年当時は深さ約五〇糎、上部の幅約二米五〇糎、程度のゆるい傾斜をもつた溝となり、本件溝渠西側は人家が密集し、東側は天神川沿い道路とゆるい傾斜でつながり、小児でも容易に溝よりはい上れる状況にあり、付近の子供達は水量の少ないこともあり本件溝渠を遊び場にしていた。

2  四七年被告京都市は同有限会社豊田組(以下豊田組と称す)に左記内容の改修工事を請負わせた。

(一) 従来の溝渠を約八〇糎掘り下げる。

(二) 従来土を掘り下げただけであつた溝渠をコンクリート溝とし、約八〇度の傾斜をもつた溝渠とする。

(三) 右溝渠にひきつづく天神川沿い道路の路面を約五〇糎位盛り上げアスフアルト舗装し、溝渠と路面を約六〇度の急斜面でつなぐ。この改修で本件溝渠は幅一米六〇糎、水深一米三七糎のものとなり小児では容易にはい上れないものとなる。

この改修工事は同年三月二八日着手され、八月当時は北村染工場南端地点までコンクリート溝の設置を了え、同地点で本件溝渠をせきとめ、同地点のやや北方にポンプを設置し、流入していた都市排水を天神川に放出していたが、八月にはいり工事は殆んど進歩せず、為にポンプも動かされず本件溝渠には水深一米を越える真黒な水が充満していた。完成した溝渠には転落した際よじ登る梯子も設置されてなく、大人でも一度転落したらはい上ることは困難な状況であつたが、小児らが路上から転落することを防止する設備は何ら設けられておらず、路上より急傾斜の斜面が本件溝渠に接続しているままとされた。

3  四七年八月一九日午後五時ころ原告らの長男在祐(当時二年九月)が本件溝渠より約四〇米西方の自宅に居たが同居の原告鄭澄子が家事をしている間に姿が見えなくなり、原告鄭澄子は近所の子供と一緒に遊んでいるものと思つていたが午後六時近くになつても姿が見えぬことに不安を抱き近所を捜しまわつた後、午後七時警察に捜索願を出し捜索したところ、午後一一時本件溝渠に沈んでいるのが発見され直ちに病院に収容されたが既に溺死していた。本件溝渠付近を原告らが調査したところ、北村染工場北端地点に路面より滑り落ちたとみられる痕跡が残つていた。本件事故後京都市は溝渠の東側に金網による柵を設け、その後の転落事故は防止されるに至つた。

4  京都市の責任

(一) 本件溝渠は河川法の適用を受けない都市排水路であり、いわゆる普通河川である。このような河川法、道路法の適用を受けない法定外公共物である河川の機能管理責任者は地方自治法二条三項二号、四項により京都市であり、現に京都市は本件溝渠の維持管理を行つている。

(二) 本件溝渠が国家賠償法二条一項の所定の「公の営造物」に該ることは明らかであり、このような都市排水路を管理するについては環境衛生上良好な状態に維持する必要のあることは勿論のこと、都市内を流れるところから付近住民に危害を及ぼすことのないよう十分なる措置を為す義務があり、又、河川の改修工事を業者に請負せて施行した場合は、改修工事にともない河川が付近住民にとつて危険なものとならぬように自らも十分監視、指導する義務がある。

しかるに本件では被害者が発見された付近は元水深が三〇糎位しかなかつたのが、工事によつて深さ一米近い泥水が流れるようになつており、しかも本件事故発生一〇日程前には付近でやはり三才の子供が転落しているように、付近一帯が住宅密集地で子供が往来することが予測できるから、京都市としては改修工事により河川が付近住民にとつて危険なものとなつた以上河川の周囲に柵を設けるなどして転落の危険を防止すべき措置を講ずべき管理責任が存するところ、これを怠つたものであるから国家賠償法二条一項の責任がある。

5  豊田組の不法行為責任

豊田組は京都市より請負つて直接本件溝渠の改修工事にあたつたものであるが、本件溝渠の如く人家の密集する地域に設けられたものについては、工事を行うにあたり溝渠に小児等が転落する危険は容易に予測でき、又水位が上昇すれば転落が直ちに死亡の結果をきたすことも予測しうるので、工事を行うにあたつては転落を防止する設備等を設置する義務があるのにこれを怠つたので不法行為として損害を賠償すべき責任がある。

6  損害  九三七万〇四二五円

(一) 逸失利益  四二七万〇四二五円

亡在祐は死亡当時二年九月の健康な男子であり、四六年度の賃金センサスによれば、一八才男子の平均給与は年五八万七〇〇〇円であるので、生活費五〇%を控除し、一八才より六三才までのホフマン式による利息を控除した得べかりし賃金は四二七万〇四二五円となる。

(二) 慰藉料  四〇〇万円

亡在祐は原告らの間の唯一の男子であり従つて原告らは同人の将来に期待をかけていたこと、及び同人が深い溝渠の真黒な水の中でつかまるところもなく、もがきまわり溺死していつたという親として耐え難い悲惨な状況下に死亡したことを考えるとその慰藉料は四〇〇万円が相当である。

(三) 葬儀費用  三〇万円

(四) 弁護士費用  八〇万円

原告らは原告代理人らに本訴を委任し第一審判決後報酬として八〇万円を支払うことを約した。

7  原告らはいずれも韓国籍であり、国家賠償法六条にいう相互保障が適用される。

8  よつて亡在祐の両親で相続人たる原告らは被告らに対し、損害賠償として金九三七万〇四二五円と内金八五七万〇四二五円につき本件訴状送達の翌日である五〇年三月一日から、内金八〇万円につき第一審判決の翌日からいずれも支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

被告ら

1  請求原因1の事実中、本件溝渠設置の経緯は不知。その余の事実は否認する。

四七年三月の改修前の状況は左岸は石積、右岸は一部コンクリートで上部の幅は約二ないし二・五米、深さは約一・二ないし一・五米で天神川堤防上の道路の法面は約八〇度の急傾斜であり、水深は三〇ないし五〇糎で更にその底にヘドロが約五〇糎沈殿しており、小児が容易にはい上れる状況にはなく又遊び場にもなつていなかつた。

2  請求原因2の事実中、原告主張の頃、京都市から豊田組が本件溝渠の改修工事を請負つて工事に着手したこと、本件溝渠に工事中も都市排水が流入しており豊田組が本件溝渠をせきとめて、せき付近にポンプを設置して排水を天神川に放出していたこと、完成部分につきフエンス等が設置されていなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

四七年八月に工事が竣工してせきが設置されていたのは北村染工場南端地点南方の山中工業株式会社前あたりであり、ポンプも同所付近に設置され、昼は三台、夜は二台が稼動していた。せきの高さは溝底から約七〇糎で、水位はせき付近で約六〇糎、原告ら家屋付近では本件溝渠の勾配から四〇糎以下であつた。又請負の際の設計図通りに足掛金物も数ケ所に設置されていた。

3  請求原因3の事実中、亡在祐が転落した場所ならびに転落事由は争う。その余の事実は認める。

京都市

請求原因4の事実中、本件溝渠が河川法の適用を受けない普通河川であることは認めるが、その余の事実ならびに主張は否認する。

(一) 本件溝渠は下水道法にいう都市排水路ではなく、洛西改良区の区域に存する農業用水路が本来の用途であり、本件溝渠の敷地は国又は府の所有である。

(二) 普通河川は建設省所管の財産であるが、国有財産法九条三項、同施行令六条二項の規定により大蔵、建設両大臣の協議(二四年二月一九日建設省発会第四五号、二四年三月一六日蔵国第一〇〇八号)によつて行政財産および公共物たる普通財産とも都道府県知事に機関委任すべき旨決定され、建設省所管国有財産取扱規則(三〇年建設省訓令第一号)三条によつて都道府県知事に機関委任されている。

(三) 普通河川の管理主体については地方自治法二条三項二号は府と市の何れが担当するかを明示していないので、地方公共団体が条例を設けている場合は、当該地方公共団体が管理主体たることを表明したものと取扱われているところ、京都府は二三年九月一〇日、京都府条例第三〇号「河川法の適用又は準用を受けざる河川等の取締に関する条例」を設け、普通河川については京都府規則第五九号河川取締規則を準用すると定め、京都府が管理主体たることを表明している。

(四) 京都市には普通河川に関する条例はなく、従つて又管理責任もないのであるが、ただ京都市は溢水、浸水等を防止する目的のため義務なきにも拘らず事実行為として改修工事をしたにすぎず、恒常的に本件溝渠を維持管理する機能も責任もない。

(五) 本件工事は従前の溝渠の内側にコンクリートを張つたもので、幅、深さ、傾斜とも従前の規格を保つているもので、本件工事により危険が増したものではなく瑕疵はない。

豊田組

請求原因5の事実ならびに主張は否認する。

(一) 改修工事により従前沈殿していたヘドロを除去したことにより実質的な水深は変らずにむしろ安全となり、しかも足掛金物の設置により容易にはい上れるようになつたので危険性の増大は考えられず不法行為は成立しない。

(二) 豊田組は京都市が作成した工事設計書に基づいてその指示通りに改修工事を施行したものでその設計書には転落防止用フエンス等は工事内容となつておらず、豊田組には独自に工事内容を変更しうる権限はない。従つて豊田組に独自の不法行為責任は存在しない。又工事施行中の事故防止義務は尽していたが、原告主張の事故発生地点は工事は完成していたので右義務も問題とならない。

被告ら

請求原因6の事実は争う。

三  被告らの抗弁

仮に被告らに責任が認められるとしても、原告らは二才九月の幼児を数時間にわたり放置していたもので親権者としての監督義務を怠つたから過失相殺がなされるべきである。

第三  証拠(省略)

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